2024.02.05
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人事制度・組織づくり
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職場のメンタルヘルスについては、近年、精神障害による労災申請も増加の一途をたどっており、職場において対処すべき最優先課題です。
人と人で利害と責任が絡み、ストレスに対しての耐性が労働者個々で異なる以上、完全には不可避でありますが、日頃からその予防と遭遇する局面に適切な対応と避ける準備が必要です。
しかしながら、予防や復職支援の観点から対策はなされているものの、実施へのプロセスが不十分な現状です。
筆者は産業医として具体的な事例と事案に携わった経験から、実践可能な対応策をこの記事を通じて紹介します。職場のメンタルヘルスに必要な「3つの予防」と「4つのケア」を軸に記事を進めていきます。
筆者情報
吉川博昭(医学博士・日本医師会認定産業医・日本ペインクリニック学会認定専門医)
都内医学部卒業。医師免許取得後は麻酔科やペインクリニックを専攻し、医療機関で臨床業務に従事。
職場のメンタルヘルスとは
メンタルヘルスは心の病気を指す言葉ではなく、心の健康状態をあらわす言葉です。
身体的な健康との対比に用いられることが多く、精神状態が健康なことは身体活動が健全に行えることの前提条件になるため近年注目を集めています。
「働く人が心身ともに健康的に働ける職場づくりをめざそう」は努力目標ではなく義務となりつつあります。
職場のメンタルヘルスに関連した法案の変遷
職場のメンタルヘルスに関連した法案は、この20年ほど専門家の間で熟考を重ね、労働衛生環境や安全配慮義務に配慮した施策が十分検討されているものの、まだまだ課題が山積みであるともいえます。
- 2000年 事業場における労働者の心の健康づくり
- 2004年 心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き
- 2006年 医師による面接指導の新設(過重労働・うつ病・適応障害等)2011年 心理的負担による精神障害の労災認定
- 2015年 ストレスチェック制度の義務化
- 2018年 働き方改革関連法
- 2019年 パワハラ防止法
労働者を取り巻く環境の変化
労働者を取り巻く環境として終身雇用の時代を経て、現在は労働者個人が技術を身に付け、職場を変える流れが主流になりつつあります。事業者としても、従業員が定着せず、離職者が後をたたないような劣悪な労働衛生環境を放置できない時代になりました。
職場でメンタルヘルスを維持するために重要なのは、労働者が一生使えるスキルを身に付ける好奇心と、企業の利益向上のために業務を効率的に遂行するための分担の工夫です。転職も盛んな時代になりましたので、労働者でありながら個人事業主という感覚で、スキル習得に注視すると高い壁も乗り越えやすくなるでしょう。
段階別3つの予防策
メンタルヘルスの予防は一次・二次・三次と3段階あり、すべての段階に関して作業環境や就労時間等の就労環境、家庭環境にも配慮した取り組みが必要です。
一次予防
健康者を対象に、メンタル不調を未然に防ぐ取り組みを指します。
近年はより早い段階での介入が求められており、一次予防の概念を実践している会社がホワイト企業認定されることが多く、メンタルヘルス対策専門の部署を設立していることも多く、いろいろな視点で配慮がなされているのが特長です。
二次予防
メンタルヘルスに不調が現れ始めた労働者を早期発見して適切な対応を行うことです。
早い段階で支援を行うことは、深刻な状態に陥ることを避けることにつながります。適切な配置転換や、就業上の措置を組み合わせることで早期に回復することがあります。
三次予防
メンタルヘルス不調により、休職した労働者の職場復帰支援の段階です。
休職による不安や焦りを緩和させる精神的フォローや、復帰を無理に急かさないような体制の見直し、社会的資源の適切な利用を案内することで離職につながらない体制を整えます。
メンタルヘルス対策における一次予防の重要性と4つのメリット
職員のメンタルヘルスに取り組むことは会社にとってメリットがあることが知られています。健康経営優良法人の認定条件には、「メンタルヘルス対策の実施」が含まれております。
メリット①離職率の低下と従業員定着率のアップ
従業員の定着は企業イメージの向上や採用力の強化につながります。
メリット②業務上のミスの発生率の低下
業務に慣れた職員が対応することは、致命的なミスや事故の危険性が減るばかりでなく、業務効率の向上につながります。
メリット③組織の浄化
ハラスメントの予防やホワイト企業認定は、若手人材や有能なスキルを持った人材確保や業績向上にもつながります。
メリット④会社のイメージ向上と外交戦略
会社の業績向上で、取引先や投資家からの信用力向上につながり外交面でも有利にことが運ぶでしょう。
三次予防からみるリカバリーとコネクション
メンタルヘルスの問題で円滑に職場復帰することは、事業規模にもよりますが難しいでしょう。
プログラムを作れない方は、「産業保健総合支援センター」に相談すると良いでしょう。心療内科等、自己の状況を俯瞰して診てくれる医師のもとで適切な治療を受けることで、職場に在籍しながらサポートを受ける道もあることでしょう。
企業に求められる4つのケア
厚生労働省が2015年に公表した「労働者の心の健康の保持増進のための指針」で示された、職場でのメンタルヘルスに必要な「4つのケア」を解説します。
1. セルフケア
労働者個人でのケアになり、ストレスの予防や対処をすること。
ストレスに気付くためには、ストレスチェックの実施も有効です。自己であくまで啓蒙していく方針は骨組の基本姿勢ではあります。
2. ラインによるケア
課長・部長等の職責にある管理監督者がケアを行い、ストレス要因を把握し改善を図る取り組みを行うこと。
部署内や組織内で行うケアであり、内情に即したケアが可能なメリットがありますが、管理職の人が不適切な見識を持つとかえって悪化するデメリットがあります。
管理者がメンタルヘルス研修を受けることが必要になります。
3. 事業所内産業保健スタッフによるケア
事業所内の産業医や衛生管理者等による支援を受けること。
セルフケアやラインによるケアの実施をサポートします。
4. 事業所外資源によるケア
事業所外のサービスやサポートを利用すること。
メンタルクリニック等への受診や、カウンセリング等も含まれるでしょう。
客観視点で有用な一方、旧体制の事業所等ではいじめやハラスメント行為の心配もあり注意が必要です。
産業医と職場のメンタルヘルス
産業医が選任されている事業者においては、従業員の長時間・過重労働対策、健康診断後の面接指導や適正部署への配置転換の提案、休職者の事業復帰プランニング、ストレスチェック等、段階に応じた取り組みを進める対応が可能です。
産業医の専門が精神科でなくとも、適切な医療機関への紹介等、スムーズにことが運びます。
メンタルヘルスからみた職場でのよくある2つの問題
日本人の気質で、真面目は一貫した資質で長所です。
環境改善には能動発信が必要ですが、個人レベルで限界があります。いったんこじれた人間関係を事業所内のスタッフとの折り合いで解決するのは難しいことが多く、第三者に頼ることも大切です。
事業者、従業員ともに悩んでいるケースも少なくなく、介入が必要なケースも増加しています。
1. 就業規則とハラスメント問題
就業規則は国の定めに沿ったものであり、会社は原則遵守する必要があります。ハラスメントは雇用者同士により生じることが多く、そういった状況にならないシステムづくりや被害を受けた人への適切な心のケアが必要になります。
2. テレワークとメンタルヘルス問題
コロナ禍でICT(情報通信技術)の活用が飛躍的に進み、出勤せずとも仕事ができるようになったことはメリットが多いといえます。
しかし労働者の勤務状況やメンタル面の変調を把握しづらく、運動不足問題やコミュニケーションの不足は、不眠や自律神経失調症を招く要因になり得ます。
職場におけるメンタルヘルスからみた精神疾患との関連
職場での精神疾患には、有病率の観点からは通常器質性精神病・躁うつ病・統合失調症・神経症性障害ほか、分類されているものは数多く存在しますが、頻度として一番多いものは躁うつ病を含む気分障害です。
2020年の厚生労働省の労働安全衛生調査によると、約54%(※1)の方が、職場環境にストレスや不安を感じています。
2021年メンタルヘルスの不調で1か月以上休職した事業所の割合は10.6%で退職した労働者がいた割合が5.9%であり(※2)、治療が不十分なまま復職することで、その後退職に至るケースがいまだに多いことが問題となっています。
精神疾患は、特性や性格的傾向やうつのように状態名が病名になっているものが多く、環境要因がその発症に強く関連しています。
ストレスに対する耐性が労働者個々で異なる以上、休職者の多くにつく診断名で「適応障害」は、その環境への適応が難しいという部分でなんらかの予防と発症時の介入が必要不可欠になります。
医師にかかり適切なサポートを受けることで、アルコール依存や自殺等を未然に防ぐことが重要です。
※1 出典:厚生労働省 令和2年 労働安全衛生調査(実態調査)
※2 出典:厚生労働省 令和4年 労働安全衛生調査(実態調査)
職場のメンタルヘルスと社会的資源の活用
労災認定と傷病手当金の受取に関して、質問されることがあります。
「傷病手当金」は、病気や怪我でやむを得ない理由で仕事を休んだときに健康保険協会から給付されます。
「労災給付金」は、仕事中に労働災害が発生した場合に労災保険から給付されます。怪我のみでなく、うつ病や適応障害等の精神疾患の罹患でも給付されるケースが近年増加しています。申請方式で、タイミングや給付額が異なります。
職場のメンタルヘルスが注目されている昨今、会社に対する損害賠償請求も同時に行い、認定されるケースも増えてきています。
職場のメンタルヘルスと職場復帰に関わるスタッフ
労働者の精神衛生状態に応じて、事業所内の人や事業所外の人を多職種組み合わせ利用するのが一般的です。
職場のメンタルヘルスと職場復帰に関わる職種と、主な仕事内容を一覧表にまとめました。
職種 | 主な仕事内容 |
衛生管理者・衛生推進者 | 従業員の健康を保持するための労働衛生管理体制を整えていく中心的な役割を果たす国家資格者。従業員の数により設置が定められている。 |
産業医 | 医師の立場で、事業所に健康管理に必要な方策に関して意見を述べ、ストレスチェックの実施者になり過重労働の面接等も担当する医師。 |
看護師・保健師 | 精神衛生状況に対して助言をする等労働者の健康管理の活動を担い、ストレスチェック制度の実施を担当する。 |
人事労務スタッフ | 社員のなかで職場内での環境調整や適正な配置や勤務時間の調整を担当。社員の特性に応じた健康配慮義務を最優先に考える。 |
精神科医・心療内科医 | メンタルヘルスの面から、多くの適応障害に潜む器質の精神疾患の有無を専門家の見地より判断し、適切なアドバイスを行う専門職。 |
精神保健福祉士 | 国家資格で、精神障害を抱える労働者の社会復帰に向けての支援を行う専門職。 |
産業カウンセラー・キャリアコンサルト | 労働者の抱える悩みの傾聴(コンサルタント)と適切なアドバイスに関する専門家。 |
公認心理士・臨床心理士・カウンセラー | 臨床心理学の知識や技術を用い、心の問題を専門的に扱う資格職。 |
職場のメンタルヘルスと自殺
令和3年度の調査においても、年間自殺者の約3割は被雇用者(※)であることが明らかになっています。
予防策は当然なのですが、起こってしまったことに対する再発防止や、遺族への適切な対応も大切です。約1~2週間あけた後で、雇用状況や勤怠の部分等の事業者からの事実開示と専門職の人や中立的な立場の人を含めた説明や、遺族の気持ちに傾聴することは大切でしょう。
※ 出典:厚生労働省 令和3年中における自殺の状況
優良企業が取り組む職場のメンタルヘルス
一次予防の概念を理解し、実践している会社がホワイト企業になります。メンタルヘルス対策専門の部署を設立していることも多いのが特長です。
上司・同僚だけですと、利害関係が絡むこともあるので、第三者を交えた勉強会やカウンセラーや心理士の先生を雇っているケースも多いです。事業の規模に関係なく、それらの連携をとることで労働者のメンタルヘルスを正確に把握しやすいことが挙げられます。
職場とメンタルヘルスに関するよくあるQ&A
以下の2つは、産業医として事業者様より相談を受ける頻度の高い質問です。
Q1. 若者のほうがストレスに弱く精神疾患になりやすいのでしょうか?
人事の方より、世代間のギャップについて問われることがあります。
スキルの取得によりメンタルが鍛えられ、環境にも順応していくことは確かですが、精神疾病の発病に年齢の要素は明確には定義されていません。
職員の定着率が悪い事業所では、「メンタルヘルスアクションチェックリスト」等、客観評価できるツールも進歩してきています。ぜひ活用ください。
Q2. ストレス過多で休職中の職員を同部署に戻して良いでしょうか?
職員との話し合いが大切です。
しかし同僚や上司との関係性や環境面が適応障害を引き起こしていることが多く、部署移動等、環境調整を行うことが一般的には望ましいでしょう。
時短出勤や残業を減らす取り組み等、焦らせず段階を踏む取り組みが必要です。
まとめ
職場におけるメンタルヘルスは、事業規模に関係なく健全な組織運営と切り離せない問題となりました。
ストレスチェックや労働衛生環境を見直すことにより、予防と早期発見が可能となりました。また、休職者が発生した後も、適切なコネクションとリカバリーの策を講じることで、人的資源を失うことなく健全な組織運営と生産性の高い組織の運営を安定して継続し行うことを可能にすることでしょう。
持続可能な未来と社会の実現のためには、「段階別3つの予防策」と「企業に求められる4つのケア」を適切に組み合わせることが大切です。
三次予防は事業所としても対応が難しく、一次二次の段階で早期対応が望ましいでしょう。
著者情報
吉川博昭(医学博士・日本医師会認定産業医・日本ペインクリニック学会認定専門医)
大阪府出身。
・都内医学部を卒業し、医師免許取得後は麻酔科やペインクリニックを専攻し、医療機関で臨床業務に携わる。
近年は内科診療・産業医学
・職場におけるメンタルヘルス等などの生活に密着した御相談にも診療幅を広げ、「健康を通じたハッピーな生活をお手伝いしたい」をテーマにしている。
・記事の監修や執筆においては、平易で分かりやすい表現を用い、丁寧さを心がけている。
取得資格:医師免許・医学博士・日本医師会認定産業医・日本ペインクリニック学会認定専門医
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