2026.10.05
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「部下の様子がいつもと違う気がするが、どこまで声をかけていいか分からない」。
現場の管理職から、このような悩みが寄せられることはないでしょうか。部下のメンタルヘルス不調への対応は、多くの管理職が悩みやすい課題のひとつです。また、管理職教育を担う人事・研修担当者にとっても重要なテーマです。
厚生労働省は、職場のメンタルヘルス対策を「4つのケア」として整理しています。そのうち管理監督者が担う部分が「ラインによるケア」(ラインケア)です。ここでいう「ライン」とは、部下を日常的に指揮・監督する管理監督者等を指します。その役割は、部下への声かけだけにとどまりません。職場環境の把握と改善、相談対応等、日々の労務管理と深く関わっています。
この記事では、セルフケアとの違いから現場の管理職に実践させるべきポイント、企業として整えたい教育体制までを解説します。
ラインケアとは|管理職が担う「4つのケア」のひとつ
ラインケアとは、日常的に部下と接する管理監督者が、職場環境等の把握・改善および、部下からの相談対応を行うことをいいます。
これは、厚生労働省の「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(メンタルヘルス指針)の考え方に基づくものです。
厚生労働省が示す「4つのケア」とラインケアの位置づけ
厚生労働省の指針では、職場のメンタルヘルス対策を次の4つに分けています。
| ケアの種類 | 担い手 | 主な役割 |
|---|---|---|
| セルフケア | 従業員本人(管理監督者を含む) | ストレスへの気づきと対処 |
| ラインによるケア | 管理監督者 | 職場環境等の把握と改善、相談対応、職場復帰における支援等 |
| 事業場内産業保健スタッフ等によるケア | 産業医、衛生管理者、保健師、人事労務管理スタッフ等 | ケアの企画立案、健康情報の取扱い、社外機関との窓口等 |
| 事業場外資源によるケア | 社外の機関・専門家 | 情報提供や助言等のサービス提供、ネットワークの形成 |
上記表の4つのケアは、継続的かつ計画的に行われることが重要です。「不調に気づいたら自分がなんとかしなければ」と抱え込む管理職もいますが、表のとおり、隣には産業医や人事労務の担当者がいます。
管理職だけで対応を抱え込まず、必要に応じて産業医や人事労務担当者等と連携することが重要です。
管理職はセルフケアのためにも、そのような全体像を把握しておく必要があるでしょう。
なお、セルフケアの詳細については次章で解説します。
ラインケアとセルフケアの違い|担い手と役割を比較
この章では、ラインケアとセルフケアの中身について比較します。
ラインケアの主な役割は、職場環境等の把握・改善と部下からの相談対応です。指針によれば、管理監督者が部下の状況を日常的に把握でき、その職場のストレス要因をつかんで改善できる立場にあることを根拠としています。
もう一方のセルフケアは、従業員自身がストレスに気づき対処することをいいます。両者の大きな違いは、ケアの担い手です。ラインケアは管理監督者が、セルフケアは従業員本人が行います。
押さえておきたいのは、指針にもある「事業者はセルフケアの対象として管理監督者も含める」という点です。
管理職はラインケアの担い手であると同時に、セルフケアを実践する側でもあるのです。
なお本記事の「管理監督者」は、メンタルヘルス指針の文脈での呼び方です。労働基準法上の「管理監督者」とは、判断の枠組みが少々異なります。
ラインケアとセルフケアはどう連携する?|相互に補完する関係
職場にあるストレス要因には、従業員自身の力だけでは取り除けないものもあります。業務量の偏りや人員配置は、本人が気を付けても変えられない部分です。
一方、本人が自身のストレスに気づき、相談できる状態でなければ、管理職が問題を把握することも難しくなります。2つのケアは、互いに届かない範囲を補い合う関係にあるのです。
管理職にラインケアが求められる2つの理由
なぜ管理職がラインケアを担う必要があるのでしょうか。
以下では、ラインケアが企業の労務管理において重要となる理由を、2つの観点から解説します。
事業者の安全配慮義務を実務で支える立場にある
労働契約法第5条は、使用者は労働契約にともない、従業員がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働できるよう必要な配慮をするものとする、と定めています。
いわゆる「安全配慮義務」と呼ばれるものです。
労働契約法第5条に基づく安全配慮義務を負う主体は使用者です。そのため、同条に基づく義務を管理職個人が直接負うという意味ではありません。ただし、管理職には企業の方針に基づき、部下の状況把握や必要な対応を行う役割があります。
ただし、企業が実際に配慮を行き届かせるには、現場を知る人が欠かせません。部下の働き方や職場の様子を日常的に把握できるのは管理職です。
その意味で管理職は、企業が安全配慮義務を果たすうえで実務を支える重要な立場にあるといえるでしょう。
メンタルヘルス不調による休業・退職は企業の労務リスクにつながる
厚生労働省「令和6年労働安全衛生調査(実態調査)」によると、過去1年間にメンタルヘルス不調で連続1か月以上休業した従業員、または退職した従業員がいた事業所の割合は12.8%でした。うち休業者がいた事業所が10.2%、退職者がいた事業所が6.2%です。
事業所規模別にみると、メンタルヘルス不調による1か月以上の休業者または退職者が1人以上いた事業所の割合は、1,000人以上で91.6%、100〜299人で55.8%、50〜99人でも33.1%という結果になっています。
もちろん、ラインケアに取り組めば休業や退職を防げると言い切れるものではありません。
心の健康問題には、労働者の家庭や個人生活の要因も絡むからです。それでも、不調に早く気づき対応できる体制は、企業が備えておきたい労務リスク対策のひとつといえます。
なお、休職制度は法律上の義務ではなく、就業規則等の定めによるものです。休職制度を利用する際は、自社の規程確認も併せて行いましょう。
出典:「令和6年「労働安全衛生調査(実態調査)」(厚生労働省)
管理職が実践したいラインケアの3つのポイント
ここからは、現場の管理職に対してどのようにラインケアを指導すべきか、実践的な視点で解説します。管理職に求めるアクションは「気づく」「聴く・整える」「つなぐ」の3段階に分けて教育すると整理しやすくなります。
1.部下の「いつもと違う」に気づく
部下の「いつもと違う」判断基準は、他の従業員との比較ではありません。
その部下自身が、それまで示してきた行動からズレているかどうかです。
例えば、口数の少ない人が静かでも変化とはいえませんが、遅刻をしたことのなかった人が遅刻を繰り返せば変化といえるでしょう。
変化に気づくには、日頃から関心を持って接し、いつもの様子を知っておくことが前提です。本人より先に同僚から情報を集めたり、お酒の席で不満を聞き出そうとしたりする方法はお勧めできません。
また、気になる変化がある場合は、必要に応じて産業医等に相談することも検討しましょう。
「いつもと違う」部下の様子としては、次の例を挙げることができます。
- 勤怠:遅刻・早退・欠勤が増える、休みの連絡がない、残業や休日出勤が不釣り合いに増える
- 業務:仕事の能率が悪くなる、思考力・判断力が低下する、業務の結果がなかなか出てこない、ミスや事故が目立つ
- 様子:報告や相談、職場での会話がなくなる(あるいはその逆)、表情に活気がなく動作にも元気がない、服装が乱れる
上記は、病名や症状を推測するためのチェックではありません。普段との違いに気づくための観察ポイントとして参考にするといいでしょう。
出典:「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(厚生労働省)
2.部下の話を聴き、職場環境を整える
部下の変化に気づいたら、声をかけて話を聴くことが大切です。
厚生労働省の『こころの耳』では、傾聴について、相手が何を語り表現しようとしているのかを注意深く集中して聴くことだと説明しています。
受け身ではなく、積極的に関わろうとする行為であることから、積極的傾聴とも呼ばれています。
大切なのは、先入観を持たずに「本気で」聴くことです。
話の途中で、原因を追及したり内容を評価・否定したりせず、分からないことは教えてもらう姿勢で臨むといいでしょう。
すぐに解決策を示そうとせず、まずは相手の話を十分に聴くことが大切です。
そして、聴いて終わりにしないこともポイントです。
ラインケアのもう一方の柱は、職場環境等の把握と改善です。
なお、仕事のストレスは次の3つの観点から整理することができます。
- 要求度:業務量、納期、同時に抱える案件の数等
- 裁量:仕事の進め方の自由度、権限、意思決定への関与等
- 支援:相談のしやすさ、情報共有、役割の明確さ等
特定の人に、過度な長時間労働や疲労、責任が生じないようにする等、能力や適性に合わせた配慮が重要になるでしょう。
3.必要に応じて産業医・人事等につなぐ
管理職が部下の病名や症状を自己判断せず、必要に応じて医師等の専門家につなぐことが大切です。
ただし管理職は、気づいた変化を抱え込まないことが大切です。医師等の適切な相手につなぐ役割も求められているからです。
つなぎ先は、社内なら産業医、保健師等、人事労務部門が考えられます。
常時使用する労働者が50人未満で、産業医の選任義務がない事業場では、地域産業保健センター等の事業場外資源も活用できます。地域産業保健センターで得られる助言は、管理職の次の一手を具体化するきっかけにもなるでしょう。
また、相談を勧めても抵抗を示す部下はいます。
『こころの耳』が示しているのは、無理強いをせず、本人にその旨を伝えたうえで管理監督者自身が産業医等に相談するという対応です。本人が相談に抵抗を示す場合は、まず本人の意思を尊重し、無理に相談を強いるのではなく、管理監督者自身が産業医等に対応を相談する方法もあります。社内に知られたくないという理由であれば、事業場外資源という選択肢を伝えるのも一案です。
上記の過程で扱う健康情報の取り扱いには注意しましょう。健康情報の取り扱いでは、本人の意思を尊重することが重要です。例えば、主治医や家族等から本人の健康情報を取得する場合や、健康情報を医療機関等の第三者へ提供する場合には、原則として本人の同意が必要です。
一方、労働者の生命や健康を守るために緊急かつ重要であると判断される場合には、本人の同意を得るよう努めたうえで、必要な範囲で情報を利用すべき場合もあるとされています。
出典:こころの耳(厚生労働省)
ラインケアを管理職個人に任せず、組織的な教育体制を整える
4つのケアは、それぞれを個別に行うだけでなく、相互に連携させることが重要です。
従業員が自分の状態を言葉にできれば、上司は業務量や役割を動かすことができ、上司が聴ける状態なら本人は早く言い出せます。
逆に、管理職だけが熱心でも窓口が周知されていなければ相談は増えません。
どれかひとつが弱いと、他のケアも動かなくなるのです。
管理監督者への教育研修・情報提供は十分とはいえない
メンタルヘルス対策に取り組む事業所のうち、「管理監督者への教育研修・情報提供」を行っている割合は29.0%であり、従業員向け(36.8%)より低い水準となっています。
現場でさまざまな対応を求められる管理監督者に対しては、継続的に教育・研修の機会を設けることが重要です。
2028年4月から50人未満の事業場にもストレスチェックが義務化
改正労働安全衛生法により、これまで努力義務とされてきた労働者数50人未満の事業場にも、ストレスチェックの実施が義務づけられました。
施行日は2028年(令和10年)4月1日です。
ストレスチェックは、義務化に従うことが本来の目的ではありません。
ストレスチェックは実施するだけでなく、その結果を職場環境の改善に活かしていくことが重要です。取り組む主体は事業者ですが、日常的に職場の状況を把握し、業務配分等の調整に関わる管理職も重要な役割を担います。
管理職向けラインケア教育を設計する4つのポイント
管理職向けの、ラインケア教育を設計するために必要なポイントを、4つに絞って解説します。
1.一度きりではなく継続して実施する
単発の研修で終わらせず、定期的な再学習の機会を設けましょう。
新しく管理職になった人が次の開催まで何も学べない、という空白もつくらないことが大切です。
2.セルフケア教育とラインケア教育を組み合わせる
管理職向けの教育だけでは、4つのケアは回りません。
全従業員がセルフケアを学ぶことで、上司が声をかけたときの部下の受け止め方も変わります。管理職と従業員の双方がメンタルヘルスに関する基本的な知識を共有することで、不調への気づきや相談、対応を進めやすくなります。
3.自社の相談窓口・連携ルールまで研修内容に落とし込む
一般的な知識だけでは、いざというときに動けません。
自社の相談窓口や産業医・人事労務との連携方法まで反映させ、「実際に誰へ、どうつなぐか」を判断できる状態をめざすといいでしょう。
4.受講状況を記録し、教育計画の見直しにつなげる
受講記録があれば安全配慮義務を果たしたことになる、というわけではありませんが、未受講者へのフォローや次回の計画に活かせます。
実施状況を確認し、改善するための材料として扱いましょう。
管理職向けラインケア教育にはeラーニングも活用できる
管理職への研修を続けることは、簡単なことではありません。
集合研修では、日程調整、会場や講師の確保、受講状況の確認に手間が掛かります。拠点が分かれていればなおさらでしょう。
そこで有効なのがeラーニングです。
時間や場所を問わず自分の業務に合わせて受講でき、受講状況の管理等もしやすくなります。
教材の更新や再配信を行いやすいため、法改正や制度変更に合わせて研修内容を見直しやすい点もメリットです。また、管理職向けのラインケア教育と、全従業員向けのセルフケア教育を、同じ環境で並行して続ける手段として適しています。
まとめ
「遅刻が増えた部下に声をかけそびれた」「話は聴いたが、その先どうすればいいか分からなかった」「産業医に相談すべきか迷っているうちに休職になった」このような場面は、管理職の知識や経験だけで対応しようとすると判断に迷いやすいものです。
ラインケアは、部下の変化に気づき、話を聴き、職場環境を整え、必要に応じて専門家へつなぐ取り組みです。
だからこそ、管理職が「自分の部署で何が起こり得るか」をイメージできる教育は欠かせないでしょう。
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監修者情報
村山 花純(社会保険労務士)

とわ社会保険労務士事務所 代表社会保険労務士
プロフィール
大手法律事務所で刑事事件・交通事故案件に携わったのち、法律分野の専門ライターを経て社会保険労務士資格を取得。2023年9月に、とわ社会保険労務士事務所を開業。ハラスメント防止・管理職向け研修やメンタルヘルス等の企業研修、就業規則の整備、助成金活用の支援を通じ、企業の労務課題の解決にあたる。東京都社会保険労務士会所属。立命館大学法学部法学科卒業。
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